アドエスからのテスト投稿
Posted on | 10月 31, 2007 | No Comments
アドエスをゲットしたのでblog書きソフトのMackyBlogEditorを入れてみた。
ソフトは悪くない感じだが、アドエスの小さいキーボードでhtmlを書くのはつらいかも。
なんかいい、なんかやだ
Posted on | 10月 9, 2007 | No Comments
少し心に感じるものがある話を見つけた。
ある編集者の気になるノート : 本物の作り手になりたいなら、「なんかいいよね」を禁止しよう。
この話は広告やコピーライトの世界の方の話で、要約すると何かを見たときに”なんかいい”とか”なんかやだ”ということを止めにして、もっと掘り下げて”なぜいいのか”、”なぜいやなのか”を考えなさいという話。
これって私のいるIT関連、ソフトウェアやシステムエンジニアにもとても大事なこと。
優れたエンジニアはカンが鋭い。何かソフトウェアや設計を見たときになんかいやな感じがしたり、いい感じがしたりする。本当に優れた人はその”なんか”を具体化する。この設計のこの部分が問題だとか、いいとか。そしてその部分をどう直すか、またその際の得失を冷静に計算できるようになる。
ことさら優れていなくても、長年のうちにやはりカンというのが培われてくる。そしてそのカンはたいてい正しい。すぐに具体化できなくても、頭の中にいるうちにだんだん熟成されて、具体的になることも多い。そのうち、余り良く知らないシステムであっても感じることが増えてくる。それを具体化できることが仕事を進める上においてとても重要となる。
それもこれもこのエントリにあるように、常に突っ込んで考える姿勢を持つことが必要なんだろうと思う。 ただ漠然と仕事をこなしていてもこういう部分はそれほど育たない。常に多方面から改善を考え追求する姿勢が必要である。そのうち、それが自然に出来るようになってくる。たとえうまくいっているものであってもやはり改善点や問題点は存在する。それを発見し考えていく姿勢こそが重要だと思う。
この辺りをQAの分野では均質化できるようなシステムを構築しようとしている。日本が特に得意な分野であろうが、ある人のヒラメキだけではなく、考えうるものを全てピックアップしていき分類し改善していこうという方式である。これなら時間はかかるが天才がいなくても何とかなる。そしてこれも経験を積むことで、カンが培われてきて、具体的な言葉となるようになってくる。
何でQAの話を出したかというと、これらのやり方はとにかく書いて表やチャートにまとめるっていうことが重要だからだ。 これって結構いい方法で、実際に自分でも、常時考える姿勢を持つこと、そして思いついたことなどをメモに書いておくこと、出来れば表などにまとめて置くことなどを実際にやっている。
書かないと忘れてしまう。特にヒラメキやアイデアなんかはあっという間に消え去ってしまう。小さいメモ帳やPDAやPC上のメモなんかでもいいが、とにかく余計なことを考えずにサクサクっと書けるものを用意しておくことを実践するだけでだいぶ違うと思う。何かを書くときに必ずまとめたり、冷静に分析するフェーズが発生する。これも重要だと思う。
なんだかつまらないことになってるiPhone
Posted on | 9月 30, 2007 | No Comments
先日アップデートされた新しいFirmware 1.1.1でアンロックされたiPhoneがゴミになったことは既報だが、またAppleもつまらないことをするものだ。Gozmodeの記事ではかなり辛い評価が与えられている。iPhone Revisted (Verdict: Don’t Buy) – Gizmodo
SIMロックや違法な使い方、セキュリティホールを防ぎつつバイナリアプリを開放することはちゃんとしたOSを積んでいる限りAppleにとってそれほど難しいことではないはずだ。バイナリ実行のためのSandBoxか権限を制限することで十分実現可能である。
この魅力的なデバイスはユーザベースをビジネスユーザやマニア以外へと広げることで、今までPalmにもWindows Mobileにも出来なかったいつでもどこでもコンピューティング出来る世界を広げることが出来るはずなのである。せっかく既存のスマートフォンやPDAの市場をもぎ取ることが出来るような可能性のあるガジェットだと思われるのに、Webアプリしか作れないんじゃ全く面白くない。
個人的にはiPhoneやつい先日発表されたPalm CentroやTreoなど、キャリア独立で発売して欲しいと思う。個人的に携帯電話の黒船として頑張って欲しいからこそ、この自由度を制限する動きにはがっかりした。
今後ますます携帯ユーザは高度な機能を端末に求めるはずである。iPhoneの付加価値は単に標準機能だけではなく魅力的で独創的になサードパーティソフトによって真に得られると思う。Appleには是非とも今の方向を転換して欲しいものである。でなければ買わないほうがいい。
面白くないついでに考えると、今後は販売奨励金が少なくなる方向のようだが、現時点で日本国内での発売ではむしろこの方がいいと思われるところ。キャリア主導な日本 国内では自由にバイナリアプリを走らせることが出来る携帯電話は少ない。各社の課す制限をクリアできないと国内発売はあ りえない。セキュリティが甘いようだとまず実現は不可能である。
いろいろ障害はあるかもしれないが、今後のスマートフォン、PDAを考える上で重要な品だけにいい方向に向かうことを希望する。
米国で初GPL違反訴訟!だからといってビビることないですよね
Posted on | 9月 23, 2007 | No Comments
米国で初のGPL違反訴訟が行われるらしい。
訴えたのはSoftware Freedom Law Centerと言う所でbusyboxを使っているはずの製品のメーカに対し提訴を行った模様。
まあ国内でもいろんなところでGPL違反に関して問題が起こっているよう。GPL汚染などといわれたりして、特に製品組込みの領域では厄介者扱いされているのだが、実際には大きな問題でもない。
OSやbusyboxなどのインフラ・ミドルウェア部分に関しては、むしろ積極的に公開して、結果をシェアする方が、メーカにとってもメリットが大きい。とはいえ、確かに品質や性能に対して要求の高い組込み領域では独自に手を入れないことにはどうしようもないような場面も結構あるとは思うが、まあそれとてやりかた次第。むしろ問題になりそうな点を回避するための方法を開発して提供するとか、エンジニアだけではなく経営層もそのあたりちゃんと意識して製品開発を行うことで問題は避けられると思う。
GPLなソフトを企業が採用するということは、ソースコードをオープンにし、相互に利益を得ることを目的の一つとすることを企業内部での認識とすることで、むしろ歓迎すべきことであるという認識も出来る。例えばLinuxを採用することで製品は良くなり企業は大きなメリットを享受する訳で相互利益を得るという点も含めて意義がある。他社との差別化においてもベース部分では同じであれば、なおさら公開しない部分にある、その企業が持つ独自の技術や特許、ノウハウなどでの差が出てくるのではないだろうか?
またGPL違反に関しては、大きなバックのあるソフトや企業の開発しているソフトならばいいのだが、個人や小グループで開発されているソフトでは、実際問題訴訟などにまで発展させるのは金銭的にも社会的にもかなり困難なケースも多いと思う。
個人的な見解だが、GPLなソフトを使うということは、最終的には法律を遵守するということよりも、むしろ企業のものづくりへの姿勢が問われる、もっと根本的な所に行き着くと思う。
日本の技術者の環境は劣悪か?いや、そうだと思う
Posted on | 9月 10, 2007 | No Comments
ちょっとウケた話である。いや話がおかしいのではない。確かに劣悪だなと同意した苦笑いである。
- ITmedia エンタープライズ:遅れた日本のソフトウェア開発 その原因はここにあり!?:作業環境を改善せよ さもなくば日本のエンジニアは壊滅する! (1/3)
- スラッシュドット ジャパン | 日本のソフトウェア開発者の作業スペースや待遇は劣悪?
日本の技術者の作業環境は劣悪だそうである。ちょっとなにをいまさらという感があるが、こういう話題が取りざたされるようになったことに素直に喜ぶことにしよう。
そもそも個室どころか、ちゃんとした机と椅子が割り当たっているところばかりではない。パイプ椅子に長机なんて環境だっていくらでもある。 もちろんその場所はテンポラリーという位置づけで使われるのだが、実際にはそこで数ヶ月も過ごすことだって少なくない。冷房が効きすぎた部屋、夕方になったら空調が切れる部屋、騒音を立てるサーバマシンの隣、通路になっていて人が行き来するなど様々である。
もちろんそこまでひどい環境ばかりではないが、少なくとも平机をならべて、集中しにくい環境が多いし、日本人的な感覚では”仕事場でのプライバシーなんてなんだそれ”であるのは間違いがない。
米国では小さなベンチャーでも、個室はなくともちゃんとパーティションで区切られた小部屋で仕事をしていたり、エンジニアに対する配慮を感じる。
確かに人の適応力は大きい。たいていの環境に適応してしまう。しかし仮にも頭脳労働を目するなら今の日本の環境の多くは決して良いとはいえないだろう。
個人的に今後はスキルが低く、頭数だけのエンジニアは淘汰されていき、モティベーションとスキルの高い人間の少人数チーム化が進む、もしくは進めないといけないと考えている。生産性と想像力は個人的な環境とコラボレーションのバランスで生まれると思う。音楽を聴きたい人は聴けばいい。それで生産性が上がるなら何の問題もない。
どうせ崩れつつある終身雇用制である。今後もどんどん崩壊していくのは間違いない。会社としても利益を拡大するためには、集中した投資とそれに見合ったアウトプットを出せるエンジニアを精製していことが必要ではないのだろうか。
« go back — keep looking »